発症の経緯 手術 病院でのリハビリ 家でのリハビリ これからの目標 怖い話 電動車椅子
脳性マヒ者の頸椎症リハビリテーション
経験と若干の提言
2007年10月現在 歩くことは、機能的にはかなりの状態まで回復しました。ただ実用ということになると別問題でして、少しの段差や坂道を覚悟しなければなりませんし、転びそうになったときの足の運びも確実にできる必要があると思います。その辺はまだまだという感覚があります。それでも、ここ半年で筋肉の面の回復は大きいように思います。行きつけの事務所などのトイレは、足で行かれるようになりました。現在も、短い廊下での歩行の繰り返しは、一日一時間以上続けています。あと、精神的な持久力、集中力が回復してきていることはありがたいと思っています。5月には、北海道に行ってきました。電動車椅子でのひとり旅でした。 2006年4月5日で手術後2年を迎えました。回復した部分、回復しない部分あるのですが、トータルとしてはかなり回復したように感じます。少なくとも手術をして良かったと思えるようになりました。これからの回復はあまり期待できないのですが、リハビリということではなく、身体の運動量の維持のためにも、歩行訓練は続けたいと考えています。
2005年1月 脳性マヒ者の頸椎症では、手術後本格的に歩くことができるまでにはなかなか回復しないということが言われている。私も手術のときに、医師から歩くための手術ではなく、寝たきりにならないための手術であると言われた。それでも、私は歩きたいという思いが強く、退院後かなりの時間が経ったにもかかわらず、リハビリを続けている。その辺はもともと身体を動かすことが好きなこともあるのかもしれない。もちろん、以前のように長く歩くことを望んでいる訳ではなく、移動手段として電動車椅子を利用するための準備はしている。それでもちょっとしたところが歩ければ便利であろうと私は考えている。
kamakiri1953
2005年1月11日 開設
自己紹介
1953年生まれ 男 171cm 58kg 東京都中野区在住
頸椎症発症以前の状況
歩き始め 4歳半
幼稚園へは行かず、小学校から普通教育 階段は多少困難であったが、教室、廊下は走り回っていた。一部のロック歌手のような首に負担のかかる歩き方ではなかった。
高校(都立武蔵丘)が駅から遠く、一応毎日トータル3kmを1km10分のペースで歩く。これが現在まで体力的な基本となっている
大学(早稲田 政経)卒業後は、少し紆余曲折があったが、在宅勤務のサラリーマンとなり、仕事としての翻訳を現在も続けている(退院後すぐに再開)。出勤は基本的には週一回であったが、現在は中断中−06年10月再開。発症まではトータルで、週二回程度の外出を心掛けていた。
私のかかわった翻訳本が出版されました。2008年10月
人によって状況は異なります。私自身、他人様に助言等を行うことのできる立場にございません。ご了承いただきたく存じます
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